2016/3/20 - DoTTS Faculty 教員コラム
タイの「百年市場」を訪ねて(須永和博)
2016年3月4日から8日にかけて、調査のためタイ王国を訪れました。近年タイでは、経済成長に伴い、国内観光市場が急成長しています。今回の渡航では、こうしたタイの国内観光の現状を調べるために、バンコク近郊のスパンブリー県サームチュックという場所に行ってきました。
タイでは、近年レトロ・ブームが隆盛しており、古い木造建築が残る地方の市場が「百年市場(タラート・ローイピー)」と称され、再発見・観光化されていくという状況が生じています。バンコクから120kmほどの距離にあるスパンブリー県のサームチュック市場は、その先駆けとなった場所として知られ、週末には多くのタイ人観光客で賑わっています。
サームチュック市場は、チャオプラヤ川の支流ターチン川沿いに立地しています。タイでは、近代以降に鉄道や道路が出来るまでは、舟運が一般的であったため、物流の拠点となる川沿いには多くの市場が作られていきました。サームチュック市場も舟運が最も活発であった19世紀後半から20世紀前半に開発されたもので、市場内には100年ほど前に建造された木造ショップハウス(店舗兼住宅)が現存しています。
しかし、舟運の衰退やスーパーマッケットの進出等に伴い、1980年代以降サームチュック市場を取り巻く状況は深刻化していきます。こうした状況に危機感を覚えた地域コミュニティのメンバーが、2004年より地元NGOなどの協力を得ながら、サームチュック市場の再生プロジェクトを開始していきます。市場内の古民家をコミュニティ・ミュージアムとして開放したり、市場の歴史や住民のライフ・ヒストリーを集めた本を出版するなど、地域の遺産を継承していくための様々な取り組みを住民主導で行なっていきます。こうした市場の再生プロジェクトは、地元経済の活性化という経済的側面のみならず、地域住民の自信や誇りの回復、コミュニティの再生といった文化的・社会的効果ももたらしたと言われています。それゆえ、サームチュックの取り組みは国内外で高く評価され、2009年にはユネスコのアジア太平洋遺産賞を受賞しています。
しかし、観光化が進展するなかで、最近では地域外から観光客向けのビジネスを行なうためにやってくる人も増えているようです。高い賃料を見込んでオーナーが店舗を賃貸に出し、そこに外部資本が入ってくるわけです。そして、元々の住民と外からやってきた商売人との間に様々なコンフリクトが生じており、それが遺産の保全をめぐる課題となっているとのことです。観光を起爆剤に市場の再生に成功したものの、そのことが結果として外部資本を引き寄せることにつながり、コミュニティのあり方が急速に変容しているのです。こうしたサームチュックの事例を考えると、観光という現象がいかに諸刃の剣であるかということを痛感します。だからこそ大学では、観光がもたらす影響を客観的に分析・考察できる能力を養うことが重要になってくるわけです。