1. ホーム > 
  2.  DoTTS Faculty 教員コラム

2021/7/6 - DoTTS Faculty 教員コラム

Happy Little Vegemites(永野隆行)

皆さんは、オーストラリアらしい食品と言われて、何が思い浮かぶものがありますか?
ティムタム、ミートパイ、ラミントン・・・・・
オーストラリアへ観光やホームステイで行ったことがある方も多く、またご家族のお仕事の関係で住んでいたことがある方もいらっしゃるでしょうから、いろいろなものが浮かんでくるのではないでしょうか。

「ベジマイト(Vegemite)」をご存じですか?
イギリスで生活経験がある方には「オーストラリア版のマーマイト(Marmite)」といえばピンとくるかもしれません。オーストラリア英語の辞書として有名な『Macquarie Dictionary(マッコーリー辞典)』によれば、ベジマイトは“trademark for a yeast extract used as a spread”とあります。つまりトーストに塗る酵母でできたスプレッドのブランド名です。オーストラリアでの朝食の定番メニューといっていいでしょう。一年間で約2300万個が売られており、オーストラリア人口が約2400万人ですから、国民一人が毎年1個は買っている計算になります。

チョコレート色をしていますが甘くありません。食塩が入っている(約7%)ので、しょっぱいです。したがってトーストに塗るときは、うすーく塗るのがコツ。チーズとの相性が良く、私の場合、8枚切りの薄いトーストにたっぷりのバター、その上にベジマイトを塗って、最後にスライスチーズをのせます。オーストラリアではそのほか、野菜や肉などの煮込み料理の味付けに使うこともあります。

ベジマイトは1923年、メルボルンで生まれました。ビールの醸造過程で精製されるビール酵母エキスが原料です。メルボルンにある老舗ビール会社「カールトン」のビール工場からビール酵母の供給を受け、開発が始まったとされています。発売当初はあまり売れなかったようですが、「ビタミンBが豊富に含まれ、栄養価が高い」とアピールし、「健康食品」としてのイメージを前面に押し出すことで、「ベジマイト」はオーストラリア国内で広まっていったと言われています。オーストラリアでも1920年代ごろから、健康という観点から食生活を捉え直す「健康ブーム」が到来していました。ベジマイトはまさにこの「健康ブーム」という時代にうまくのっていったのです。第二次世界大戦中には、戦場で戦うオーストラリア軍兵士の常備食になっていました。

ベジマイトはさらに、テレビコマーシャルの時代潮流に助けられて、オーストラリアのシンボル的な商品となったと言えます。オーストラリアで1956年9月にテレビ放送がスタートすると、ベジマイトは“happy little Vegemites!(幸せでちっちゃなベジマイトっ子)”というキャッチフレーズで、たくさんの子どもたちを登場させたコマーシャルを放映したのです。以下のような極めてシンプルな歌詞のコマーシャルソングを流して、「元気な子供にはベジマイト」というイメージを作り上げることに成功したといえるでしょう。

私たちは「幸せでちっちゃなベジマイトっ子」で、とっても元気です。
朝食、昼食、おやつにベジマイトを食べています。
ママが言うには、私たちは毎週強くなっているそうです。
ベジマイトが大好きだから みんなベジマイトが大好き!
みんなの頬はバラ色で健康!
私たちは毎週強くなっています!

日本在住のオージー(オーストラリア人)に聞くと、「ベジマイトは日本で言えば納豆だ」と言われました。それでなんとなく想像がつくかとは思いますが、人によって好みがはっきりと分かれる食べ物とも言えます。イギリスでは「マーマイト政治家(marmite politician)」と言えば、人によって好き嫌いがはっきりする癖(くせ)の強い政治家のことを指します。

2011年3月の東日本大震災。多くの人々が避難所で不便な生活を強いられました。オーストラリアはいち早く動き、食料や援助物資の提供、募金活動を行い、被災地に救助隊を送り込みました。外国首脳として最初に被災地を訪れたのは、オーストラリアのギラード首相です。避難所にはたくさんの食料が届けられましたが、そのなかに「ベジマイト」がありました。火を使っての炊き出しが難しい避難所では、菓子パンなど甘いものが多かったせいか、このしょっぱいベジマイトは大変好評だったそうです。これを見たオージーが大変喜んだとのエピソードが残っています。

永野隆行(専門:国際関係論、オーストラリア外交)



ベジマイトのホームページから