1. ホーム > 
  2.  DoTTS Students 学生コラム

2026/2/10 - DoTTS Students 学生コラム

北海道合宿報告3:アイヌ工芸を介した人々の交流(上村優里)

 『ゴールデンカムイ』(野田サトル作)という漫画がある。日露戦争後の北海道や樺太を舞台にした作品だ。アイヌ語学者やアイヌ文化伝承者の協力のもと制作され、精緻なアイヌ文化の描写でも知られている。2014年の連載開始以降、アニメ化や実写映画化を経て、現在も高い人気を誇り、作中に登場する場所を巡る聖地巡礼やアイヌ文化伝承者を訪ねる動きも生まれている。北海道内の博物館でも、同作品とコラボレーションした企画展が相次いで開催され、同作品を通じた観光の広がりがうかがえる。 合宿で訪れた平取町・二風谷も、作品をきっかけに多くのファンが訪れる場所である。今回、アイヌ工芸家の工房を訪れ、実際にその現場を見ることで、作品と地域、ファンとアイヌ文化伝承者が関係を深めていく様子を垣間見ることができた。

写真1:北海道内の対象エリアを巡る「ゴー北スタンプラリー」キャンペーン

 9月中旬の北海道は、澄んだ空気と快晴の空が印象的であった。私たちはバスを乗り継ぎ、平取町二風谷に訪れた。 沙流川流域に位置する平取町は、生活に根差したアイヌ文化の継承が続けられてきた地域である。二風谷地区は道内でも有数のアイヌ工芸生産地として知られており、「二風谷イタ」と「二風谷アットゥシ」が北海道唯一の伝統的工芸品に指定されている。

 今回まず訪れたのは、アイヌ工芸家・貝澤徹さんが営む民芸品店「北の工房つとむ」である。

写真2:北の工房つとむ

 店舗は作業場を兼ねており、訪れると木の香りが漂い、多種多様な彫刻刀やノミ、完成した作品が並んでいた。徹さんの作品は、スパイダーマンやアイヌ文様を施したトンボやクワガタの木彫りなど独創的なものが多く、型にはまらない自由な発想がどれも目を引いた。

写真3:作業場の様子

 徹さんの工房には『ゴールデンカムイ』のファンが多く訪れる。徹さんが作中人物の1人キロランケのマキリ(小刀)を制作したことをきっかけに、作者から贈られたサインが工房に飾られ、そこから口コミやSNSを通じてファンが足を運ぶようになったという。工房の一角には、来訪者が置いていったグッズによって生まれた「ゴールデンカムイ・コーナー」があり、人のつながりが広がっている様子がうかがえた

写真4:ゴールデンカムイ・コーナー

写真5:キロランケのマキリ

 徹さんは来訪者があると作業の手を止め、工芸や二風谷での暮らしについて語ってくれる。私たちの訪問時には、奥様が平取名物のトマトジュース「ニシパの恋人」をふるまってくださった。その後もその場に腰を落ち着け、徹さんから工芸家として歩んできた経験や、作品に込めている思いについて話を聞いた。量産はせず、1点1点に向き合いながら制作を続けてきたこと、工芸は生活の延長にあるものであり、作り手自身が納得できるものでなければならないという考え方など、言葉の端々から工芸に対する誠実な姿勢が伝わってきた。

 続いて私たちは、貝澤雪子さんの工房も見学させていただいた。雪子さんは、半世紀以上にわたりアットゥシ織りを手がけてきた方だ。経済産業省の伝統工芸士にも認定されており、2023年には瑞宝単光章を受賞している。工房では、オヒョウの木の皮を糸にする作業や料理など、常に手を動かし続ける姿が印象的であった。
 私たちは、この工房で木彫り体験も行った。講師は、娘さんの関根真紀さんが担ってくださった。真紀さんは、幼少期からアイヌ文化に親しみ、木彫や刺繍など多様な技を身につけている。最近では、伝統的な技法・デザインを基にしながら新しいアレンジを加えたりなどオリジナリティ溢れる作品を手掛けている。
 私たちはコースター制作に挑戦し、沙流川流域に見られるラムラムノカ(ウロコ文様)を彫った。実際に体験してみると、力加減や刃の角度が難しく、アイヌ文様を彫る高度な技術を実感した。この体験を通して、現在活躍する工芸家の作品を見る視点が大きく変化した。1つひとつの作品の背景には、緻密な技術と積み重ねられた時間があることを、身体感覚として理解したからである。さらには、マキリ1本で文様を彫っていた先人たちの存在に思い至り、その苦労と技術の高さに改めて敬意を抱いた。

写真6:工芸体験の様子

写真7:完成したコースター

 合宿最終日には、お世話になった人々と食事を共にした。賑やかな集まりであったが、こうした交流の場は日常的に開かれているという。この工房は、雪子さんの家族や地域住民、二風谷を訪れた人々が自然と集う交流の場にもなっているのである。
 懇親会では、『ゴールデンカムイ』をきっかけに、頻繁に二風谷を訪れるようになったという2人の女性とお話する機会があった。札幌と東京に住む2人は、SNSで出会い、イベントや聖地巡礼を重ねてきたという。次第に関心は『ゴールデンカムイ』からアイヌ文化や工芸そのものへと広がっていき、二風谷の人たちとの交流を深めてきたと語っていた。

 二風谷は『ゴールデンカムイ』という作品を媒介に、人と人、人と文化が出会う実践の場となっていることが分かった。今回の合宿では、作品をきっかけに訪れた人々が、工芸や暮らし、そして作り手と向き合うなかで関心を深め、関係を重ねていく様子を垣間見ることができた。そして、その交流を支えているのは、二風谷の人たちの寛容な姿勢であることを実感した。