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2024/2/13 - DoTTS Faculty 教員コラム

「動物福祉(アニマルウェルフェア)」って知っていますか?(その1)(永野隆行)

 日本ではまだまだ認知度は低いようですが、欧米諸国では活発に議論がなされている「動物福祉」。特にヨーロッパでは「動物福祉政策」として、法令制定、規制強化の動きが活発化しています。欧州連合(EU)は1999年の発足当初から、動物福祉を謳っていましたが、ここ近年では理念やスローガンにとどまらず、動物衛生や食の安全、さらには人間の健康や環境問題とのつながりのなかで、科学的根拠に基づいた法・規制を整備する方向へと舵を切っています。

 こうしたEUの進歩的な取り組みはEU域内にとどまらず、結果的に国際貿易システムを通じて、欧州以外の国々ならびにグローバルに展開する企業の行動にも影響を与えることになります。つまり国や企業は動物福祉に配慮した活動を展開せざるを得なくなっており、動物福祉は「地球温暖化防止」や「人権重視」と並んで、国や企業の「社会的責任」とさえなっています。

 そもそも「動物福祉」とはなんでしょうか。日本を代表する動物福祉団体である「日本動物福祉協会」によれば、この概念が生まれたのは50年ほど前のイギリスということです。イギリスでは当時、家畜動物の劣悪な飼育環境が問題となり、それを改善させるために「動物福祉」の考えが提唱されました。そしてその基本原則は「5つの自由」で、動物の①飢えと渇きからの自由、②不快からの自由、③痛み・障害・病気からの自由、④恐怖や抑圧からの自由、⑤正常な行動を表現する自由です。現在では、家畜のみならず、ペットや実験動物など、人間に飼育されているあらゆる動物の福祉の守るべき原則として考えられています。

 「動物愛護」という言葉がありますが、これは似て非なるものです。「動物愛護」は人間の目線で動物を「可愛がる」行為であり、動物のことを考えていません。これに対して「動物福祉」の考えの最も重要な点は、「動物も人間同様に心や感覚を持つ」という認識であり、人間に飼育されるという、「本来あるべき環境に置かれていない動物」たちに、「どうやって生き物としてのニーズを満たしてあげられるのか」という視点です。「動物福祉」の立ち位置は、主体は人間ではなく動物であること、つまり人間がどう思うかではなく、動物が何を必要としているのかを科学的、論理的、客観的に判断し、動物の「生活の質(QOL)」を向上させるものです。

 私の研究対象であるオーストラリアでも動物福祉は人々の大きな関心事です。オーストラリアにもさまざまな動物福祉団体が存在し、中央や州政府が対策を迫られたり、動物に関わる企業はそれを無視してビジネスを行ったりすることが難しくなっています。

 オーストラリアで最も有名な動物福祉団体は「オーストラリア王立動物虐待防止協会(RSPCAオーストラリア)」です。世界最大かつ最古(1824年設立)の動物福祉団体であるイギリスの「王立動物虐待防止協会(RSPCA)」のオーストラリア版です。RSPCAオーストラリアで驚くのがその資金力です。この組織はオーストラリアの全6州に組織を持っており、例えばニューサウスウェールズ州RSPCAの年間予算はなんと約70億円、クイーンズランド州RSPCAは約49億円、ヴィクトリア州RSPCAは約42億円でした。オーストラリアにも動物福祉に限らず様々な慈善団体がありますが、資金力という点ではRSPCAオーストラリアはオーストラリアで最大の慈善団体となります。

 そしてさらに驚くのはその資金源です。例えばニューサウスウェールズ州RSPCAの年間収入の約7割は一般市民からの寄付や遺贈などでカバーされているというのです。ここにオーストラリアの人々の動物福祉に対する意識の高さが表れていると言えるでしょう。RSPCAオーストラリアはこの資金力を背景に、「すべての動物が良い生活を送れるように」との願いをもとに、動物福祉に関する様々な活動を展開しています。

 日本の動物福祉団体の年間予算や収入源については公表されているデータが少ないために、単純に比較することは難しいですが、日本で最も歴史のある動物福祉団体である「日本動物福祉協会」の年間事業費(2022年度)は約1億3,500万円であり、しかも民間からの寄付はわずか5,500万円です。民間団体としては「ピースワンコ」という団体が有名ですが、同団体の母体である「ピースウィンズジャパン」が動物愛護事業として計上している年間事業支出は約15億8,000万円(2022年度)で、同事業に対する民間からの寄付は約3億5,000万円ほどです。

 以上のような数値から、日本と比べて人口はおよそ4分の1、経済規模(GDP)も2.5分の1しかないにもかかわらずオーストラリアの動物福祉団体は桁違いに規模が大きく、市民の意識も高いといえるでしょう(ただし一人当たりのGDPでは、オーストラリアは日本の2倍です)。ちなみに世界規模で動物保護活動を展開するWorld Animal Protectionは世界各国の動物福祉への取り組みをランクづけしています(Animal Protection Index)。最高のAランクに該当する国は残念ながら存在しませんが、次のBランクには、イギリスやその他の欧州諸国が入っています。オーストラリアはDランク。そして日本はEランクで、ここには中国を含めたアジア諸国が入っています。