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2022/8/24 - News&Topics

【教員新刊書】北野収編著『共生時代の地域づくり論 改定普及版』(農林統計出版)

実は、この本は以前に出版した本の改定版で完全な新作ではありません。ですが私にとってとても大切な作品なので、この機会に紹介させていただきます。

本書は当時のゼミ学生との二人三脚の教育実践の「報告書」ともいえるものです。各章はゼミ生の卒業論文です。いろいろなコンプレックスや失敗経験を抱えながら、たまたまのご縁で私と一緒に勉強することになった学生さんたち。彼/彼女らの多くはゼミの内容や私の専門研究分野に特段の興味があった訳ではありません。普通に就活をして、卒業後は企業や家庭などのそれぞれの持ち場で社会を支えてながら、ささやかな自己実現を求めていく、必ずしもスーパーエリートではない、市井の生活者になる若者たち。そういう子たちに、自分には何ができるのだろうか。当時(そして今でも)、そのことをいつも考えていました。少なくとも、それは自分の専門研究分野の知識を「そのまま教える」ことではありません。

フィールドワーカーであった私がとったアプローチは、学生をフィールドワークすること。つまり学生一人一人に時間を割いて、何に興味があるか、その理由は、あるいは何故何にも興味を持てないと感じるのか、その理由は、将来はどうしたいか?そういうこと(what, why, how)を一人一人何か月もかけて対話しながら、ゼミでの研究テーマというよりその種を一緒に探っていったのです。そこで意外なことが起きました。勉強や研究にさほど興味がなかった人が、次第に自分のテーマを掘り下げていくことが面白くなり始めたのです。この化学反応の正体は、動機づけだと私は解釈しています。

社会に出る前に、「自分を少しだけ褒めてあげられる」経験をしてもらうことが、このプロジェクトの主な狙いです。だから、研究の質などはどうでもよいことです。しかし意に反して、驚くべきことが起きました。いくつかの作品をご本人の許可を得て専門の学会に投稿したところ、専門家の査読(審査)をパスして、学会論文として受理されたのです(現在の私でも投稿原稿が査読の結果、却下されることがあります)。私は、このことである確信を得ました。学生の「潜在能力」は低くない。本人すら気づいていない潜在能力を引き出すことが大切なのではないか。開発経済学のアマルティア・センの潜在能力アプローチと開発教育学のパウロ・フレイレの問題解決型教育(エンパワーメント・アプローチ)を組み合わせたのが、この本で実践した私のやり方です。

何故このような方法に辿り着いたか?それは私自身が「エリート」とは正反対のとんでもない落ちこぼれ、不登校児だったこと、(昔は大学の数が少なかったこともあり)学力的に大学進学すらおぼつかず、転職ばかり繰り返す私の人生の節目で背中を押して下さった上司、先輩、先生方から私がいただいたものは「何」だったのか、という突き詰めた省察でした。シンプルな言葉でいえば、それは一定の条件の下での成功体験を通じた「自己肯定感」との出会いだったといえるかもしれません。

国際フェアトレードコーヒー認証システムの開発者であるメキシコのフランツ・ヴァンデルホフ神父の「貧者に寄りそう」アプローチを真似て、私は「学生に寄りそう」アプローチとして、いくつかの研究発表をしたところ、京都大学高等教育研究開発推進センター、関西地区FD連絡協議会、大学コンソーシアム京都、京都外国語大学、神戸大学など、主に関西圏の大学関係者からの反響を呼びました。これらの議論の一部は、『思考し表現する学生を育てるライティング指導のヒント』(ミネルヴァ書房)という本にまとめてあります。でも、理論とか、理屈とか、手法などはどうでもよいことです。それぞれの学びのコミュニティの中のきわめて属人的でオーガニックな関係性のなかで「オーダーメイド」(開発プロジェクト管理における「オーダーメイド論」)で創りだされるものが大事だと思うからです。

私のこの考えに対して、「歪んだエゴイスティックな教育観」「アナクロニズム(時代錯誤)」という批判もあるかもしれません。だが、教育や人づくりというものは、所詮、それに関わる人間の人生や人格を多少なりとも投影せざるを得ないものだと私は考えています。決められた内容を、汎用的な「教え方」に基づいて教えるだけ(教育の「マクドナルド化」)ではなく、手作りの味わいも大切だと主張したら、21世紀のこの時代に時代錯誤と嘲笑されてしまうかもしれませんね。しかし、生徒・学生は「学習ロボット」に、教師は「教育マシーン」になることはできないし、決してなってはいけない。大学のゼミ活動や卒論などは、手づくり教育を実践できる貴重な学びの機会ではないでしょうか。

当時の学生との出会いに感謝、そして現在の学生との出会いにも感謝しています。この本の分担執筆者も最高齢は40歳代半ばです。私ももう若くはありません。毎年卒業生を送り出す度に、ある程度手間暇をかけた学びの伴走者をいつまで続けられるか、「とりあえず来年まではできるかな?」と自問します。1年1年を指を折りながら(心の中の逆算カウンター)、私の開発論のなかから見出した愚直かつ不器用なやり方を、願わくば、あと数年だけでも続けられることを祈っています。

この改訂版では、ハードカバーをソフトカバーに変更し値下げを敢行するとともに、各章の末尾に「考えてみよう」というエクソサイズを追加してあります。授業中に心の中で、あの時の学生さんとのやりとりや笑顔を思い出しながら、今しばらくの間、「地域づくり論」の参考書として引き続き活用していきます。今でも、卒業生の皆さんが教壇に立つ老いつつある(もはや若くはない)私の背中を押してくれているのです。改定普及版が獨協の書店に並ぶのは9月になってからになります。

北野 収