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2021/7/27 - DoTTS Faculty 教員コラム

学習科学のすすめ(花本広志)

1 はじめに
 「学習科学」という学問分野をご存じでしょうか? 
文字通り、人の学びのメカニズムを科学に基づいて考える学問分野です。私の専門は、本来、法学、その中でも民法なのですが、このところの関心は、法学を効果的・効率的に教えるにはどうすればよいかというところに向いています。そのため、教育学関連の文献を読み漁っては、どのような授業にしようかと考えることが多くなっているのですが、そういう中で得られた知見から、学生のみなさんにとっても有益であろうことをいくつか紹介したいと思います。なお、以下の記述は、主に、ピーター・ブラウン/ヘンリー・ローディガー/マーク・マクダニエル著/依田卓巳訳『使える脳の鍛え方 成功する学習の科学』(NTT出版、2016年)によっています。

2 もっとも効果的・効率的な学習法は直観に反する。
 さて、学習科学の成果から得られた知見の第一は、「もっとも効果的・効率的な学習法は直観に反する。」(前掲『使える脳の鍛え方』3頁)ということです。たとえば、教科書や講義ノートを何度も読み返すことや(テキストの再読)、一度に一つのことに集中して学習すること(集中練習)が効果的・効率的だと信じて実践している人は多いと思います。しかし、それらは、実は、むしろ非効率的な学習法だということが分かっています。それらの学習法で獲得した知識はすぐに忘れてしまいます。知識を長く記憶にとどめるためには、脳の認知システムに負荷をかける必要があるのですが、テキストの再読や集中練習では負荷が小さいうえに、できるようになったと錯覚してしまって、それ以上の負荷をかけないことになりやすいからです。

3 想起練習(自己テスト)
 それでは、どうすればよいのでしょうか? 学習科学の成果によると、自己テストによる想起練習が効果的・効率的だとされます。これは、テキストを読み返すのではなく、テキストは見ないで、新しく学んだ内容を自分で自分にクイズとして出題して思い出す練習(想起練習又は自己テスト)です。想起練習は、続けて集中的に行うのではなく、少し忘れたころを見計らって複数回行うようにするとよいそうです(間隔練習)。練習の間隔は、最初は1~2日、2回目は1週間、3回目は1ヶ月くらいがよく、その後も、1ヵ月を目安としてときどき復習するとよいとのことです(間隔練習用のアプリとして、Ankiというフラッシュカード・アプリがあります〔https://apps.ankiweb.net/〕)。また、同じ種類の問題を集中して解くのではなく、主題や解法の異なる問題を代わる代わる解くようにするとよいとも言います(交互練習)。
 また、1回1回の練習は、キリのよいところまでやり切って終えるのがよさそうに思いますが、これも実は違っていて、むしろあえて途中でやめて次回に回すほうが学習効果は高いことが知られています(ツァイガルニク効果。この効果については、ベネディクト・キャリー著/花塚恵訳『脳が認める勉強法 「学習の科学」が明かす驚きの真実!』(ダイヤモンド社、2015年)203~210頁参照)。

4 精緻化、再符号化、体制化、
 想起練習以外では、記憶すべき事項に関連する情報(理由や背景事情など)を付加したり、「たとえ」や視覚イメージを見つけたりすること(精緻化)、数字の語呂合わせなどのように、もとの情報を別の形式に変換すること(再符号化)、順番どおりに覚えるのではなく関連の深い項目どうしをまとめて覚えるようにすること(体制化)なども有効です。もっとも、これらはすでに実践している人も多いでしょう。

5 生成練習
 また、答えや解き方を教わる前に自力で試してみること(生成練習)も有効とされています。ただテキストを読んだり、講義を聞いたりするだけよりも、実際にやってみるほうが学習効果が高いことは、みなさんも実感したことがあるのではないでしょうか。テキストや教科書で、単元の終わりに練習問題が付いているものがありますが、テキストを読む前や授業前に、これから学習する箇所の練習問題に取り組んでみるとよいでしょう。もっとも、課題にうまく対応するために必要な背景知識や技能がなければ、ただ問題の周囲をウロウロするだけで、深い学びには至りません。そこで、生成練習で取り組む課題は、努力をすれば何とか乗り越えられる程度のものである必要があります。

6 省察(振り返り)
 省察(振り返り)も、よりよく学ぶには不可欠とされます。省察というのは、何がうまくできて、何がうまくできなかったか、さらに向上するにはどうすればよいかなど、学習のプロセスと成果を振り返って反省的に考察することです。省察(振り返り)は、学べたことと学べなかったこととを整理して意味づけを行い、また学習の改善点を見つけ、次の学習に生かす機会になります。また、想起練習から分かるように、そもそも「思い出す」ということ自体、記憶を強化します。授業では、教員が振り返りの時間を取ることがありますが、授業以外の学習では、毎日、就寝前に学習日記を付けるなど、学習後の「振り返り」をする習慣を身につけるとよいでしょう。

7 むすびに代えて・・・協同学習のすすめ
 最後に、教育に関して直観に反する事実をもうひとつ紹介して、むすびに代えたいと思います。
 アメリカの著名な教育学者であるジョンソン兄弟は、協同学習、競争学習、個別学習の効果に関する多くの研究事例を分析して、成績、自尊感情、対人関係に関するそれぞれの学習条件の影響についてまとめました(なお、自尊感情や対人関係も学習に影響することが分かっています)。それによると、いずれの項目についても、競争学習及び個別学習と比べて協同学習が優位に優れているという結果が出ています(ジョンソン,D.W. /ジョンソン,R.T. /ホルベック,E.J.著/石田・梅原訳『学習の輪 学び合いの協同教育入門〔改訂新版〕』(二瓶社、2010年)〕92頁) なお、ここで「協同」とは、「単なる仲良し集団」ではなく、仲間全員の成長を目指す関係を言います。他方で、競争とは、仲間の中での序列を目指す関係を指します。したがって、「切磋琢磨する関係」や「よきライバルの関係」は競争ではなく協同に分類されます)。  
 「競争は学習を促進する」、「集団指導よりも個人指導のほうが教育効果は高い」ように思われがちですが、この研究結果によれば、実はそうではないということになります。よりよく学ぶには、「切磋琢磨して互いに高め合う仲間」が必要だということです。私は、授業がそのような仲間の集うものになるようにしたいと考えています。