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2017/4/10 - DoTTS Faculty 教員コラム

クライストチャーチ訪問記:その2(永野隆行)

クライストチャーチは、南極と深い関係があります。古くからこの街は、南極を目指す部隊が遠征の前後に立ち寄る拠点だったのです。街の中心から北西に12キロほど離れたところにあるクライストチャーチ国際空港(CHC、http://www.christchurchairport.co.nz/en/)は現在、南極観測隊が南極大陸を往復するための航空機の玄関口にもなっており、毎年8月から2月まで、およそ100機が離着陸を繰り返しています。アメリカの南極観測隊もここを拠点にしており、米空軍の大型輸送機が羽を休めているのを見かけることがあります。米国のケリー国務長官(当時)は2016年11月、国務長官として初めて南極を訪問しましたが、もちろんクライストチャーチ国際空港から向かいました。

ニュージーランドも、19世紀中頃から南極探検に関わってきました。最初は米国や英国の部隊の一員として、そして戦後にはニュージーランド部隊を編成して南極を目指しました。20世紀初頭の英国人探検家ロバート・スコット率いる英国遠征部隊にもニュージーランド人が参加していました。ちなみにスコットは、ノルゥエーの探検家アムンゼンと人類初の南極点到達を競いましたが、残念ながら2着でした。

ニュージーランドは1957年に、南極に常設の研究拠点を建設します。当初は英連邦の南極横断調査隊を支援するための簡易施設でしたが、政府がその後、恒久施設としての利用に耐えられる建て替えを決定し、現在に至っています。南極点からおよそ1300キロ離れたロス島にあり、ロバート・スコットにちなんで「スコット基地」(https://nzhistory.govt.nz/media/photo/caring-huts-antarctica)と命名されています。

ちなみに南大陸極は誰のものでしょうか。ニュージーランドを含めた複数の国が領有権を主張しています。しかし、国際社会は南極が国家間対立の原因になることを防ぐために、1961年に南極条約(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/s_pole.html)を結びました。これに基づき1961年以降はどの国も自分たちの領土であることを主張できないことになっています。そもそも最初に手を出したのがイギリス。1908年に南緯50度以南、西経20度から80度に至る領域の領有(イギリス領南極地域)を主張しています。当時のイギリス帝国は、人間の定住が困難な、こんなところにまで帝国の版図を広げようとしていたのです。イギリス領には専用切手もあるとのことですが、誰が使うのでしょうか。

クライストチャーチ国際空港の反対側には、国際南極センター(International Antarctic Center, http://www.iceberg.co.nz/)があります。もともとは研究と南極観測のための支援施設ですが、一般にも開放されており、館内では氷点下18度の南極の世界が再現された、雪と氷の南極疑似体験「ザ・ストーム」ができます(写真1)。また南極探検隊が使った水陸両用の雪上車にものることができます。なお個人的なおすすめは「ペンギン・エンカウンター」。体長30センチぐらいの、世界で最も小さなペンギンと言われている「リトルブルーペンギン」がよちよち歩きをしている姿はとても愛くるしいです。

写真1 雪と氷の南極疑似体験「ザ・ストーム」