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2024/10/9 - DoTTS Faculty 教員コラム

信号機とグローバリゼーション(北野収)

近年、街の至るところにある信号機に、ある変化が起きている。それは、旧来のごついアナログ電球(?)の信号機からLED信号機への置き換えが進んだことだ。夏に(2024年9月)、熊本の県境に近い宮崎県の山村に出かけたが、途中の山道でも信号機は皆LEDだった。実は、LED化に伴う別の変化があるのだが、それに気付いている人はほとんどいないようだ。これについては、後ほど説明する。

さて今を遡ること半世紀前、中学一年生だった私は生まれて初めて海外に渡航した。夏休みを利用して、カリフォルニア州バークレーに父に会いに行ったのだ。父は単身で1年間、その地に滞在していた。バークレーやサンフランシスコの街中で気付いたことがあった。それは、信号の色が「赤・黄・青」ではなくて、「赤・黄・緑」だったことだ。どこへ行ってもそうだったし、20年後にニューヨーク州に住んだ時もそれは変わらない。そう、英語では青信号のことを「green light」というのだ。

日本に帰国して、あらためて街の信号機を見るとやはりどう見ても「青」に見えた。あるいは、青と緑の中間のようにも見えた。少なくとも、アメリカでみた「真緑」とは違っていた。どうして、このズレが生じたのか。私は知らない。ただ、元々色彩感覚は民族や文化によって異なっていたことは私も知っている。古来、日本列島に住む人々に、現在の私たちが目にするビビッドな「赤」や「青」は存在しなかった。赤は朱色だったし、青系なら群青色や藍色があった。緑系も淡い草色のようなものが多かったのではないだろうか。

考えてみると、もとより、青と緑の境界は曖昧なのかもしれない。近代に入り、西洋で生まれた三色信号が入ってきた頃、当然ながら、デジタル画像も現在のようなカラー印刷技術もなかっただろう。もしかすると、色合いは、最初の信号機を開発した人の見よう見まねだったのかもしれない。完成した実物を誰かが見て、「青信号」という日本語が生まれたのかもしれない。

さて、LED化された現在の信号機を見ていただきたい。知らぬ間にしっかりと「真緑」になっているではないか。信号機の色も、グローバルスタンダード化されたという訳である。今でも、幼稚園や小学校では、「青信号」と教えているのだろうか。敏感な子どもたちから「先生、青じゃなくて、緑だよ」という声があがりそうだ。そして、10年後、20年後、「青信号」という言葉は残っているだろうか。

ただし「あおしんごう」は「みどりしんごう」よりも、圧倒的に言い易い。

少し前まではありふれていたものなのに、知らぬ間に人知れず消えていき、誰も気にも留めないものは、他にもたくさんある。とりあえず、私はつい数年前まで通りの至るところにあったあの「青」色の信号に若干のいとおしさを感じる。