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2022/10/6 - DoTTS Faculty 教員コラム

日本文化の周辺領域-パラオのお菓子、おやつ文化(玉井昇)

 最近の主たる研究対象としているパラオ共和国は、スキューバーダイビングをはじめとしたマリンレジャーが盛んな太平洋に浮かぶ南の島である。ハワイやグアム、タヒチやニューカレドニアなどに比べるとその知名度は低いが、やはり観光が主要産業となっている。その結果、新型コロナウィルスの影響で、観光での入国者数はピーク時の10%程度まで減少し経済的にも大きな影響を受けたが、2022年から少しずつ観光客も戻り始めている。
 そんなパラオの伝統的な定番土産といえば、木の板にパラオの伝承などを彫った工芸品であるStoryboard(日本統治時代の名残で現地では「Itabori(板彫り)」とも言う)であるが、重くてサイズ的にもかさばり、高価なものも多くてやや手が届きにくい。
 一方、最近ではもっと手軽に買えるタピオカクッキー、パパイヤ、マンゴーなどのフルーツクッキー、マカダミアナッツのチョコレートなども出てきている。パッケージにはエメラルドグリーンの海や白い砂浜、鮮やかな色彩の果実などがデザインされていて体裁も良く、南の島をイメージさせるのに相応しい「お土産」と言えるかもしれない。

(Isaiah Japan HPより)

 ただ、これらは旅行者側のニーズに合わせて開発された意味での「お土産」であり、現地特有の日常的な食文化の一端を持ち帰り少しだけ賞味してみるというものとは言い難い。もちろん、現地に行けば、スーパーに限らず小店でもチョコレートやクッキーなどのお菓子は溢れており、概して甘い物好きのパラオの人々も日常的に食している。これらの多くがアメリカなど国外からの輸入品であるが、他方でパラオの人々が日常的に食しているものの中で、ローカルなお菓子などが無いのかといえば、そうでもない。
 いわゆる家庭的な食文化をのぞいてみれば、一部には新年の初めに小豆に砂糖を加えて煮た汁に餅を入れた料理Siruko(汁粉)を食べるSiukang(習慣)など、そこには日本につながるものも少なくない。

(パラオのスーパーには日本の食材も少なくないが、小倉あんは人気)

 そもそもパラオは、約半世紀にわたるアメリカ統治を経て1994年に独立した比較的若い国家である。そのため、フィリピンなどと同様に広い意味での英語圏ではあるが、戦前は日本の統治領であったことから、今日でも部分的に日本文化の影響を垣間見ることもできる。
 お菓子などについても、M & M’sとかSNICKERSのようなアメリカからの輸入品ではなく、例えば現地で製造されているが日本にルーツがあり、一般的に良く食されているものに以下のようなものがある。

 これは、その商品名もそのものズバリAmpan(あんパン)なので、分かりやすい。

  すぐ隣には別にもの(以下)も並んでいた。こちらはAbrabang(アブラバン)と表記されている。油で揚げて砂糖をまぶしたようないわゆる「揚げパン」?なのかと思いきや、中に粒あんが入っており、あんパンを油で揚げた進化系のもの?だった。

 ちなみに、表示にある製造元のKumangai Bakeryは、パラオで最も有名なパン屋の一つで、文字通りKumangaiさん家のパン屋なのだが、クマガイ(熊井または熊谷)?ということは日系人なのかと思いきや、一族の人々に特には日本人につながるようなルーツは無いようで、日本的な苗字を自ら選んで名乗ったようである。
 たしかに、パラオでは日系人ではなくても日本的な名前を持つ人も少なくなく、中にはOikawasang(オイカワサン)やKatosang(カトサン)というように敬称まで含めて用いている人々もいれば、Kintaro(キンタロウ)やMatsutaro(マツタロウ)のように、ファーストネーム的なものをラストネームとして名乗っている人々もいる。

 アブラバンは、おやつに手頃な一回り小さいサイズのAbrabang Mini(ミニ・アブラバン)もあった。

 さらに、もっとサイズ的に小さく、安価でパラオの人々に好まれており、まさにおやつにピッタリなのが以下。

 これは、中に甘く煮詰めた小豆などが入っておらず、小さな丸いかたちをした揚げパンで、沖縄の伝統的お菓子のサーターアンダーギーに近い。サーターアンダーギーは、中華料理のお菓子「開口笑」や「開口球」と似ていることから、中国の影響を受けているとも言われているが、高温多湿の沖縄の風土の中でも保存がきくように、油で揚げた菓子として食されてきたわけである。
 そもそも、日本統治時代にパラオを含む当時の南洋群島に渡った人々の中には、沖縄からの移住者がかなり多かった。沖縄以上に高温多湿のパラオで、サーターアンダーギーのような風土に適したお菓子が浸透し、今日でも見られることもうなずける。
 ちなみに、同じく沖縄からの移民が多かったハワイでも、文字通りAndagi (Okinawan Donut)としてスーパーでも見られる。

 しかし、パラオでは少し違った名前で呼ばれているのだが、想像がつくだろうか(ヒントは写真参照)

(パラオ政府観光局Facebookより)

 そう、答えはTama(玉)である。パラオ各地の小店やガソリンスタンドなどでも売られていて、1個15円くらいで買えるまさに定番のローカルお菓子である。こうしたお菓子を日本では「タマ」とは呼ばないし、なぜ現地でそう呼ばれるようになったのか由来まで調べきれてはいないが、いずれにしてもその形状を表す日本語が語源になったと考えられよう。

 他にも、第二次世界大戦時に日米の激戦地となったペリリュー島で主に売られているKarintong(カリントン)がある。パラオ大使館のTwitter記事によれば、黒砂糖を使わないことから、色も黒ではなくてカラフルで風味も違うとされるが、「かりんとう」がそのルーツと考えてまず間違いないであろう。いずれにしても、小麦粉に卵を加えて油で揚げるわけだが、ちなみにパラオ語では、小麦粉のことをMerikengko(メリケン粉)とも呼ぶ。

(在パラオ日本大使館2021年4月11日発信Twitter記事より)

 ハワイやグアム、あるいはタヒチやニューカレドニアなど、オセアニアの他の観光地と比べてパラオは圧倒的に知名度が低いが、他には見られない独自の魅力もあることだろう。
 もちろん、ここで取り上げた「アブラバン」や「タマ」は、日本を含め世界各地に見られる揚げ菓子的なものという点では、取り立てて物珍しいものではないだろう。しかし、なぜそう呼ばれるようになったのか思いをはせながら、現地で食してみれば日本語話者にしか得られない経験が待っているのではあるまいか。
 マリンレジャーやリゾートライフを楽しむ南の島への旅行も魅力的だが、パラオの町を歩き、現地の人々と話をしてみれば、「日本文化の周辺領域」に触れるというオマケも付いてきて、他には無い楽しみが発見できるかもしれない。