2022/8/18 - DoTTS Faculty 教員コラム( ダークツーリズム , 横須賀 , 観光研究 )
明るく楽しく「ダークレス」なYOKOSUKA軍港めぐり(鈴木涼太郎)
神奈川県横須賀市。三浦半島に位置する、言わずと知れた軍港の町です。幕末から造船所が開かれ、現在に至るまで、日本海軍、アメリカ海軍、そして海上自衛隊の基地が置かれています。
この横須賀で近年人気なのが「YOKOSUKA軍港めぐり」と題されたミニクルーズです。アメリカ海軍のイージス艦や原子力空母「ロナルド・レーガン」、海上自衛隊の最新鋭護衛艦「もがみ」や「くまの」などを間近で見ることができます。
休日には満員になることも少なくないようで、実際に参加してみると、家族連れやカップル、世代を問わず友人同士のグループなど幅広い層の人々で賑わっていました。一部大きなカメラ機材を持ったマニアらしき人もいますが、こちらは少数派です。 このクルーズ、人気の秘密のひとつに、案内人によるユーモアたっぷりのトークがあるようです。普段見慣れない艦船の特徴をわかりやすく説明してくれたり、気の利いたジョークを織り交ぜつつ、ちゃっかり帰りのおみやげのPRをしたり、まるでディズニーランドのアトラクション「ジャングルクルーズ」のよう。 さらにクルーズ中、運が良ければ船上で作業をする自衛官の皆さんが手を振ってくれることも。約45分のクルーズが終わると、ガイドさんの名調子に、船内は子どもも大人も笑顔で拍手喝采でした。
しかし船を降りてみると、少し不思議な感覚も覚えます。横須賀の軍港クルーズは、米軍と自衛隊の基地をめぐるものです。当然のことながら、軍の設備は戦争とも密接に関わります。米軍が誇る最新鋭の軍備は、ウクライナへ侵攻するロシア軍に対して使用されてもいますし、海上自衛隊の設備も、自衛のためとはいえ、武器であることには変わりはありません。それらを「明るく楽しく」見て回るなんて…。正直なところ、私も楽しみましたが。
実際に、このようなツアーがどこでもできるとは限りません。たとえば、太平洋戦争時に地上戦の舞台となり、現在も米軍基地が数多く残されている沖縄では、米軍基地が観光資源になることはないでしょう。
近年の観光研究では、ダークツーリズムという概念が注目を集めています。一般的に「死や苦しみと関連した場所を訪れる観光」を指して用いられるこの言葉は、日本でも2010年代半ばからメディアなどで取り上げられるようになり、最近では、研究テーマとして関心を寄せる学生もちらほらいます。
ダークツーリズムの代表的な観光地としては、アウシュビッツ強制収容所や原爆ドーム、あるいは自然災害の被災地などが挙げられます。しかし少し不思議なのは、「死や苦しみに関連した場所」というと、戦場跡である「関ケ原の合戦跡」や徳川家康を祀った「日光東照宮」も死に関連しているともいえますし、そもそも広島の原爆ドームには、ダークツーリズムという言葉が流行る前から、修学旅行生をはじめ多くの観光客が訪れてきました。「死や苦しみに関連した場所」が観光地になるのは、ある意味当たり前で新しいことではありません。では、あえてダークツーリズムという言葉を用いることには、どのような意味があるのでしょうか。
その理由をひとつあげるとするのであれば、ダークツーリズムという言葉が特定の観光地と関連して使われることによって、私たちが、現代の社会が、あるいは特定の地域が、何を「ダークなもの」としてみているのか、ということを露わにしてくれるという点です。「死や苦しみ」と関連していても、あるものは、「ダーク」であり、あるものは必ずしも「ダーク」とはみなされない、というように観光対象となっている様々な事物には、「暗黙の分類」がなされているのです。
あらためて、YOKOSUKA軍港めぐりの対象となっている軍事施設は、戦争という「死や苦しみ」と密接にかかわるものであったとしても、このクルーズは、ダークツーリズムと呼ばれることはなく、「ダークネス」が皆無な「ダークレス」なツアーになっています。
同じく「死や苦しみと関連した場所」であっても、観光の対象になる場所ならない場所、「ダーク」な場所とみなされる場所、みなされない場所、その違いはどこから来るのでしょうか。この「暗黙の分類」の論理を解き明かすことは私たちの社会の在り方を問い直すことにつながります。またこのような「ダーク」な存在すら「明るく楽しい」消費の対象としてしまう観光という現象を解剖するのが観光研究の役割のひとつでもあります。