2025/7/8 - DoTTS Faculty 教員コラム
国境を越えて移動する「わたし」のライフとキャリア-学科講演会記録として(大野恵理)
去る5月30日(金)、トランスナショナル文化特殊講義「国境を越える人々のライフ・ヒストリー入門」の授業において、佐藤未奈氏(日本国際ボランティアセンター)をお招きし、トランスナショナルなキャリア形成を中心にライフ・ヒストリーをうかがいました。
この授業は、交流文化学科の「トランスナショナル文化」部門の専門科目の一つで、主に社会学分野における生活史の歴史と著作を読み解きながら、研究調査としての手法を学び、実践に向けた具体的な方法を学んでいます。最終的には学生自身が聞き取りを行い、越境移動する人々のライフ・ヒストリー(生活史)を記録することによって、この社会を共に生きる多様な背景を持つ人々への理解を深めることを目指しています。

今回お招きした佐藤氏は、学生時代のフィリピン留学を経て、卒業後は客室乗務員やNGOのプロボノとして、文字通り地球規模での越境移動を経験されました。家族と過ごす生活の拠点もドバイ、フィリピン、日本という複数の国にまたがり、現在は東京で国際協力NGOの職員として、紛争下にある地域への国際援助の業務にあたられています。同時に、企業ロゴのデザイナーや絵本などのイラストレーターとしても活動されており、「パラレル・キャリア」を実現されています。
交流文化学科では、航空業界への就職に関心の高い学生が多く、また在学中に海外留学を経験する人も一定数おり、将来的に越境的なライフキャリアを想定する学生が増えています。質疑応答の時間では客室乗務員としての具体的な業務内容やライフコースについての質問が出された他、NGOスタッフとしてのパレスチナでの滞在に関してなど、幅広く多くの質問が出され、話題が広がりました。講演後にも、佐藤氏への質問が相次ぎ、大変盛況のうちに終了しました。
多くの学生が振り返りのなかで言及していたのは、「多民族・多文化社会の中での生活」と「絵本イラストの仕事」でした。佐藤氏の生活の拠点であったドバイでは、よく知られている通り、様々な国や地域出身の移住労働者がインフラ建設やサービス業に携わりながら、市民生活を支えています。佐藤氏は多民族・多文化が混在する社会のなかで、日常的に人種や文化の違いを感じるだけではなく、経済的な格差や不可視化される差別の問題にも直面したそうです。後に、その時の経験が、「多文化共生」をテーマとした子供向けの絵本作りにいかされたと振り返り、人生のなかで「どんな経験も無駄なものはない」と実感したそうです。

(Dr. Juniace Sénécharles Etienne, James Sparks, illustrated by Mina Sato. Juniace Shaping Young Minds LLC)
最後に、個人的に印象深かったことは、佐藤氏が講演タイトルの「国境を越える」について触れながら、「国境を越えても、『わたし』は『わたし』のままで変わらず移動している」と強調されたことでした。国境を越えても変わらない「わたし」というアイデンティティとはどのようなものでしょうか。イギリスの社会学者レス・バック(Les Back)とシャムサー・シンハ(Shamser Shinha)は、Migration City (Routledge, 2018)(有元健・挽地康彦・栢木清吾訳『移民都市』人文書院、2024)の中で、「Living across borders 国境をまたいで生きる 」移民の若者のアイデンティティについて、「自分のかけらを複数の場所に残し、同様に複数の場所のかけらが自分の中に残されている」と表現しています。これまで暮らした複数の都市それぞれに、親しい人々との記憶や忘れられない生活体験、ともに眺めた景色の思い出を残しつつ、そこを離れた後でも、その土地に暮らす親族や友人とのつながりを保っています。そして、そこでの数々の記憶の断片が自分の中に蓄積されながら、「わたし」というアイデンティティが形成されていきます。「国境を越えて」別の国に住まうことは、全く知らない文化や価値観に触れることの連続ですが、その連続を生きるのは、紛れもなく、これまでの移動の記憶により生み出された揺るぎない「わたし」というアイデンティティなのではないでしょうか。
佐藤氏の講演を通して、複数の国境を越えながらキャリアと家族を築いてきた「移動する主体」としての女性のライフ・ヒストリーに触れることができました。
<関連サイト>
日本国際ボランティアセンター https://www.ngo-jvc.net/
佐藤未奈氏の個人サイト https://www.instagram.com/mameshibaz/
絵本『Water Our Circle of Friends』出版社https://www.juniaceshapingyoungminds.com/product/water-our-circle-of-friends
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