2024/10/21 - DoTTS Faculty 教員コラム
タイ南部ソンクラー旧市街で考えたこと(須永和博)
”live like a local.” 近年、世界各地の都市観光の現場で耳にする言葉だ。まち歩きをしながら、地元の人が通う食堂やカフェ、雑貨屋などを訪れ、その土地ならではの経験や交流を求める。そんな観光客の志向を表している。たとえば、星野リゾートが立ち上げたOMO(おも)は、こうした潮流を背景に生まれた新業態といえる。「街ナカ」ホテルというコンセプトで、スタッフ自ら開拓した街の穴場スポットなどを案内するツアーが人気だそうだ。
筆者が研究対象とする東南アジアでも、「街ナカ」観光は人気だ。旧市街(オールド・タウン)と呼ばれる地域が再発見され、古い街並みや老舗の個人商店や食堂を訪ね歩く観光客が増えているのである。また、観光客が増えれば、そこで新たに商売を始める人も出てくる。「街ナカ」観光で人気を博している旧市街には、ハイセンスな移住者がリノベーションしたカフェやレストランが立ち並んだりもしている。そんな新旧の要素が混じり合った独特の景観を構成しているのが東南アジアの旧市街である。
筆者はここ数年、タイ南部のソンクラー旧市街で「街ナカ」観光の進展に伴う地域コミュニティの再編について調査を行っている。タイ最大の湖ソンクラー湖とタイ湾に囲まれたソンクラー旧市街は、かつて港市として賑わい、現在でもタイ系、ムスリム、華人が共住するマルチエスニックな街となっている。華人のショップハウスや廟があるかと思えば、そのすぐ近くにはモスクやハラール料理を出す食堂や屋台が立ち並ぶ、そんな街である。
写真1、2:20世紀初頭に建てられたショップハウス。現在はギャラリーやイベントスペースとして利用されている。
写真3: 華人廟
写真4:モスク
写真5: 街中に描かれたウォールアート。南タイで有名なマノーラーと呼ばれる伝統芸能。
ここで筆者が常宿にしているのは、築100年ほどの邸宅をリノベーションしたホテルである。他県出身のムスリムであるオーナー(D氏)は、タイ国際航空に客室乗務員として勤務していたが、縁あってソンクラーの空き家を購入。2年間かけてDIYでリノベーションして、2016年、客室6部屋の小さなホテルをオープンした。ホテル内には、アンティーク収集が趣味というD氏のコレクションが随所に置かれ、D氏のセンスの良さが伝わってくる。
写真6: ホテル外観
写真7: ホテルのロビー
写真8: 客室
写真9: ホテルの庭。ここでミーティングやワークショップも行われる。
写真10: 朝食のロティとカレー。どちらもオーナーの自家製
写真11: 廃材を利用してつくったオブジェ
このようなホテルは、一般にブティック・ホテルと呼ばれる。(1) 小規模、(2) ヴァナキュラー(地域に根ざした建築)、(3) スタイリッシュ、(4) パーソナルなサービス、などをコンセプトにしたホテルのことである。チェーン展開する大規模なホテルとは一線を画した業態として、1990年代のヨーロッパや米国で生まれたものだ。東南アジアでは近年、「街ナカ」観光の人気を背景に、旧市街にある建物をリノベーションしたブティックホテルが増えている。地域の歴史や記憶が埋め込まれたブティックホテルが、”live like a local.”を求める観光客を惹きつける場所となっているのである。
このように、「街ナカ」観光の進展は、旧市街にクリエイティブなビジネスの集積をもたらしている。こうした動向にはタイ政府も着目しており、たとえば首相府直属の国家機関CEA (Creative Economy Agency)は、旧市街地域の一部を「クリエイティブ地区(creative district)」に認定し、デザインやクラフト、アートなどクリエイティブ経済の活性化を通じた都市再生を支援している。
しかし、クリエイティブ経済の進展は、外部の移住者や資本の流入をもたらすことで、旧住民や貧困層の排除を促すともも指摘されている。いわゆるジェントリフィケーションと呼ばれる議論である。この点を踏まえれば、いかにジェントリフィケーションに抗うか、すなわち包摂的な地域づくりをいかに実現するかを考えることが重要になってくる。
前述したD氏は、ブティックホテル経営の傍ら、日々モスクに礼拝に訪れることで地域のムスリム住民とも関係を深めていった。そして、ムスリム住民が多く集まる地域の歴史や記憶を掘り起こし紹介する活動に取り組んだり、ハラール料理の屋台を出すナイトマーケットを企画して地域内外の交流の機会をつくるなど、まちづくりの活動にも熱心に取り組むようになっていった。コロナの時期には、家にこもりがちな住民のストレス発散のために、モスク近くにオープンガーデンを作り、ともに汗を流すといった活動も企画した。
写真12、13:毎週日曜日に開かれるナイトマーケット
写真14、15: オープンガーデン
写真16:オープンガーデンの隣の建物に描かれたウォールアート
このようにD氏は、ブティックホテルというビジネスの傍らで、様々なコモンズを街中に創造していったのである。D氏の取り組みは、ジェントリフィケーションに抗う地域づくりとは何かを教えてくれる。利己的な利益追求ではなく、他者と協働し、資本主義的原理には回収されないコモンズを都市空間のなかに創造していくことの大切さを。
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