2024/4/9 - DoTTS Faculty 教員コラム
気づきの春(長崎睦子)
数年前から始めたことがいくつかあるが、その中のひとつがヨガだ。
私は、物事に対してや思考に関しては柔軟性があるほうだと思っているが(芯がないとも、流されやすいだけとも言える)、自分の体においては、柔軟性はまるでない。ようは、体がとても硬い。体も頭と同じように柔らかくしたい(・・・?)とヨガを始めた。
ある日、ヨガ・スタジオのポスターが目にとまった。『人と比べるより自分の中の「気づき」を楽しもう』的なことが書いてあった。はっとした。
自分の呼吸や体にだけ集中すべきヨガで(と、教えられている)、周囲をうかがっては、ついつい「うわ~あの人、めちゃ足あがってるやん(驚)!」「あっ、でもこの人よりは(私の方が)体ねじれてるんちゃう?(ニッ)」的なことを常に思っていることに気づく。
そうだ、もっと自分の中の「気づき」に集中しなくては!
このことは、第二言語(外国語)習得の重要な点とも重なる。
認知的アプローチから見る第二言語習得では、「気づき (noticing)」の役割が大きい。語彙や発音、文法などのある言語項目を習得するには、インプットの中のその項目にまず気づかなくてはならない。インプットの中の気づきを高めるためには、実際に第二言語をどんどん使ってみることだ。アウトプットすることにより「言いたいことが言えない」ことに気づき、様々な言い方を自分で試したり、調べたりする。また、後日、インプットから「ああ、こういう風に表現するのか!」と気づいたりすることもある。
ヨガ・スタジオのポスターを眺めながら、改めて「気づき」は、あらゆる学びにおいて重要であることに気づく。
ただ最近、気づいてもすぐに忘れてしまうことにも気づく。
英語の授業でよく「言いたかったけれど言えなかったこと、書きたかったけれど書けなかったことは、メモして調べておくように」と学生さんには伝えているが・・・同じ事を自分自身にも言い聞かせる。
例えばこのコラムの執筆もすっかり忘れていた・・・本当は1月に書く予定であったのに・・・すっかり春である。桜を見ながら、なぜかコラムの存在に気づく。
その夜、食器洗いを終え、一息つきながら「さあ、コラムを書こう」と思っていると、キッチンに子どもがやってきた。冷凍庫を開けてアイスを食べようとしている。もうすぐ23時。就寝時間だ。
「こんな時間にアイス食べたらだめだよ!」と声をかける。怪訝な顔でじっと私の顔を見・・・いや、手元を見ている。
はっ。私の手にもアイスがあった。やっぱり人のことは気づくけれど、自分のことは気づかない。
数年前から始めたことのひとつに散歩もあります。何気ない散歩も、天候や季節によって、景色、音、匂いが違い、心を癒やしてくれます。今年の桜は開花が遅かったですが、待った分、ひときわ美しく感じました。いよいよ新学期。みなさんはどんな一年にしたいですか?「気づき」の多い、刺激的な1年になりますように!