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2024/2/13 - DoTTS Faculty 教員コラム

「動物福祉(アニマルウェルフェア)」って知っていますか?(その2)(永野隆行)

 近年のオーストラリアで、動物福祉をめぐって関心を集めたのが生体動物の輸出問題でした。知られていませんがオーストラリアは生体動物の輸出大国。オーストラリアはこれまで、牛や羊を生きたまま、中東やアジアの国々に輸出していました。

 ところが動物福祉をめぐって二つの問題が生じました。一つは輸出する際の輸送船の劣悪な環境、そしてもう一つは輸出先での残虐な屠殺方法です。輸送船の劣悪な環境や目を覆いたくなるような残虐な屠殺方法を伝える極秘映像がテレビやインターネット上に流れ、動物福祉団体や世論は強く反発、生体動物輸出の全面停止を求める声が高まっていきました。動物福祉団体はスタッフを輸出先の処理場に潜入させ、牛や羊が極めて残酷な方法で殺されている映像の撮影に成功し、メディアを通じて人々にその実態を暴露したのです。

 もう一つ問題となったのが、引退競走馬の大量殺処分問題です。オーストラリアでは競馬はとても人気があり、競馬業界は莫大な利益を上げています。オーストラリア第二の都市メルボルンでは、毎年11月に競馬の祭典「メルボルン・カップ(賞金総額約8億円)」が行われ、着飾った人々が優雅に競馬を楽しむ一大イベントがあります。

 しかしこのような華やかさの裏には、競走馬としての役割を終えた引退競走馬たちの多くが、虐待のあげく解体処理され、食肉とされていたという事実が隠されていました。引退馬の食肉処理そのものは合法ですが、競馬業界は年間数パーセントしか食肉処理されていないとしていました。しかし実際には年間約5000頭もの馬が虐待され、そして処理されていたことが明らかになったのです。このことは多くの市民にとって衝撃的な事実でした。引退馬たちが「処分場」で、処理業者から暴言を浴びながら、暴行を受けたあげくに処分される映像が流れました。このことを調査し、暴露したのも、動物福祉団体でした。ちなみに処理された肉の一部は日本にも輸出されていたということです。

 衝撃的な映像や事実を見せつけ、人々の感情に訴えるという方法には議論があるでしょう。潜入して隠し撮りすることにも批判はあります。しかしながら、冒頭でも述べた通り、もはや動物福祉は「人権」、「環境」とならんで企業が守るべき倫理基準となっており、それを無視して事業を続けていくことはできないと考えるべきでしょう。生体動物輸出業界も競馬業界も、今後も事業を続けていこうとするのであれば、動物福祉に十分配慮した活動が求められ、もしもそれができなければ、事業そのものをやめる時が来ていると言えるでしょう。

 日本ではどうでしょうか。動物福祉への対応がだいぶ遅れているのは否めません。ここ近年、一部の芸能人の啓蒙活動の効果もあり、保護犬・保護猫活動は認知され、国民の理解は深まりましたが、捨て犬・捨て猫の問題は依然として存在します。動物虐待に対する関心も以前よりも高まってきましたが、虐待事件はあとをたたず、虐待防止法の改正、罰則の強化が待たれます。

 動物に対して抱く感情に個々人で温度差があるのは仕方のないことです。ただしそれは動物愛護、つまり動物が好きか嫌いかの問題であって、動物という命を持った存在に敬意を払う「動物福祉」に対して個人差があってはならないでしょう。私たち人間が地球上でもっとも力のある存在である以上、そこに生きとしいけるあらゆる生き物の命に対して、重大な責任を持っています。私たち人間は全身全霊を注いで地球上のあらゆる生物の福祉に取り組む義務と責任があると言えます。

 欧米諸国はすでにそこに向かって進んでいるのです。日本もあとに続かねばなりません。世界は着実に変化しています。世界の変化に敏感にならずには、日本人そのものが生き残っていけないでしょう。世界の人々の日本を見る眼は着実に変化しています。化石燃料にこだわり続け環境問題に疎い日本、女性蔑視や性的虐待を黙認してきた人権意識の低い日本、動物福祉に関心のない日本。そういう状況を若いみなさんが先頭に立って変えていってもらいたいと願っています。
(永野隆行、交流文化学科教授、専門は国際関係論、オーストラリア外交・安全保障)