2023/11/22 - DoTTS Faculty 教員コラム
商店街とアート─奥能登国際芸術祭2023を訪れて(須永和博)
東京各地を共に歩き、その経験をふまえて都市のあり方を展望する、そんな目的を掲げた科目(フィールドワーク論)を担当している。まち歩きに際しては、あらかじめキーワード(切り口)をいくつか提示しておく。その一つが「商店街」だ。人が集う商店街という空間は、コミュニティのあり方を考える際の重要な切り口となるからである。
普段コンビニやスーパーで買い物することの多い学生にとって、商店街散歩はちょっとした非日常的な経験である。こだわりのコーヒー豆を売る喫茶店、日本各地の味噌を売る味噌屋さん、様々な部位のお肉を売る精肉店など、商店街のお店は一軒一軒がユニークだ。また、売られている商品だけでなく、レトロな字体の看板などにも個性が光る。商店街のユニークな看板を見つけることもまた、街歩きのひそやかな楽しみの一つである。
最近、こうしたレトロな字体の看板を、アートとして積極的に発信している人たちがいることを知った。3名のグラフィック・デザイナー(下浜臨太郎さん、西村斉輝さん、若岡伸也さん)が中心となって活動している「のらもじ発見プロジェクト」である。昔ながらの商店の看板に残る字体を「のらもじ」と名づけ、そのデザイン的・民藝的な魅力を発信していくといった取り組みをしている1)。
(恥ずかしながら)私が彼らの活動を知ったのは、「奥能登国際芸術祭2023」においてである。能登半島の突端に位置する珠洲市で開催された芸術祭で、「のらもじ」を作品化した展示があったのだ。珠洲市飯田町にある商店街で、手芸品店や衣料品店など複数の店舗の協力を得て制作された展示である。そこでは、看板のユニークな字体だけでなく、お店や店主にまつわるさまざまな物語が紹介されていた。来訪者は、こうした物語に触れることで、この地で長年商いをしてきた人たちに思いを馳せる。
写真1:商店街の空き店舗を利用した展示スペース
写真2:商店街の「のらもじ」
同展示では、「のらもじ」の書体を使ったスタンプも用意されていた。来訪者は、専用のポストカード片手に、商店街を歩き回り、各店舗に設けられたスタンプ台でスタンプを押し、時には買い物をしたり、(迷惑にならない範囲)でおしゃべりをする。「のらもじ」というアートを媒介として、商店街を歩き、思いもかけない人やモノ、コトに出会う回路が作られていったのである。
写真3:「のらもじ」スタンプが押されたポストカード
イギリスの人類学者ティム・インゴルド(2014)は、人の移動を「輸送」と「徒歩旅行」という2つの位相に分けて考察している。「輸送」とは目的地指向であり、「ある位置から別の位置へ横断して人や物資をその基本的性質が変化することのないように運搬すること」である。それに対して「徒歩旅行」とは、周囲の環境を凝視し、耳を澄ませ、肌で感じることで世界を知覚していくプロセスであり、自己刷新の契機ともなる偶然的な発見や出会いをもたらす2)。
効率性を求めるあまり、私たちの旅・観光は目的地指向の「輸送」に比重が置かれていないであろうか?SNSに紹介された場所に行き、そこで写真をとってホームに戻る、そんな単線的な移動になってしまっていないだろうか?かくいう私も、芸術祭のガイドブック片手に効率良く作品を見ようとレンタカーを走らせていた。こうした「輸送」に欠けているのは、世界を知覚し、偶然の発見や出会いを生む「余白」である。
私にとって、「のらもじ」のポストカード片手に商店街を歩き回るという経験は、知らず知らずのうちに「輸送」に比重が置かれるようになっていた自身の観光実践を反省的に捉え直すことにつながった。アートは「輸送」的な移動で不感症になってしまった身体に刺激を与え、世界を知覚する「徒歩旅行」へと誘う媒介ともなりうるのである。
【補注】
1) https://noramoji.jp/
2) インゴルド、ティム2014『ラインズ─線の文化史』工藤晋訳、左右社.
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