2023/2/3 - DoTTS Faculty 教員コラム
本は楽譜やレシピのように (山口誠)
本を読むのが苦手なんです、という1年生がいました。
頭の回転が速く、自分の意見を持ち、それを積極的に発言できる人なので、学生としてとても素晴らしい人なのですが、なぜか思考を深めることができず、持久力もない。たとえば1年生の少人数クラス(「基礎演習」)でグループ討論してもらうと、最初の数分は議論をリードできるものの、すぐに他のメンバーの論理的な発言にかなわなくなり、最後は黙ってしまう。作文やレポートを書いても、選ぶテーマは面白いのに、最後まで書き切れない。
もったいないなぁと思い、授業後に雑談してみると、テレビのニュース番組を毎日みているし、話題の映画も映画館で観ている。やはり頭がよいし、センスもよい。しかし思考力が不足していて、知識の量も足りない。
お腹が空いていると運動ができないように、頭のエネルギーが足りないと思考がうまくはたらかないよ、たとえば本を読むのはどう?とたずねたところ、冒頭の言葉がかえってきました。本を読むと眠くなるし、最後まで読めたことがない、と。
それはきっと、いまの自分に適していない本を、無理やり読んできたからでは?と思いました。
――本は、音楽の楽譜や料理のレシピと似て、誰でも最初から読めるモノではないし、どんな本でも読めるワケもない。たとえば最初は薄くて、短くて、読みやすい本でいいから、「読むこと」をトレーニングするとよい。そこからだんだん自分に適した本を見つけていくと、演奏や料理やダンスや語学と似て、うまく「読むこと」ができるようになる。だから、どこかのセンセイが紹介した本や、友だちが薦めてくれた本が、いまのあなたに適した本かどうかわからない。フィットしていない楽譜を延々と練習しても、やがて音楽が嫌いになっちゃうように、本も第一に「自分で選ぶこと」が必要で、第二に「読むトレーニングを重ねること」が大切。それも自然と誰でもできるスキルではないから、やはり大学で身に付けるべきスキルでは――と伝えました。
残念ながら、その人はなかなか「自分の一冊」と出会えなかったようで、秋口に発覚した本嫌いは数か月では解消されませんでした。自分が心から演奏したくなる楽譜や、作りたくなるレシピと出会うのが簡単ではないように、読みたくなる本と出会うのは難しいようです。
それでも春休みになって時間ができたら、大学の図書館にできるだけ来て、いろいろな本を読んでみます、ということでした。この人、すごいなぁ、と思いました。それだけトレーニングし続ければ、自分にフィットする本と出会わないはずがない、と思います。
どうか良書と出会い、読むトレーニングを重ねて、思考の深さと持久力を手にしてほしい、そうして一生のものの財産を築いてほしい、と願っています。
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