2022/9/1 - DoTTS Faculty 教員コラム
日本の中のベトナム人コミュニティと教会-中秋の季節に(大野恵理)
熱波のような猛暑がようやく落ち着き、最近はかなり涼しくなりました。秋の足跡も聞こえるこの頃、アジアの国々ではもうすぐ中秋の季節を迎えます。
中秋とは、旧暦の8月15日に行われるお月見の風習のことで、家族が集まり一緒に食事をしながら過ごす行事とされています。日本では平安時代に中国から伝わり、現在では「十五夜」として知られています。今では家族が集まる行事としての意味合いは薄いですが、この時期にはお月見団子をよく見かけますし、楽しむ人も多いのではないでしょうか。またご存じの通り、この風習は日本だけではなく、歴史的に中国の影響を色濃く受けたアジアの国々でも行われています。具体的な習慣は少しずつ異なりますが、例えばシンガポールや韓国では、やはり家族再結合のイベントという意味合いが強いようです。
さて今回のコラムでは、ベトナムの中秋と、日本におけるベトナム人コミュニティによる中秋イベントに注目したいと思います。ベトナムでは中秋は、中秋節(テット・チュン・トゥー:Tết Trung thu)と呼ばれています。現在では子どもたちのためのイベントの意味合いが強くなったことから、「子どもの節」(テット・ティウ・ニー:Tết Thiếu nhi)とも呼ばれます。中秋の数週間前から、その年の特別な月餅(バイン・チュン・トゥ:Bánh Trung Thu)の販売が始まり、親しい人への贈り物として購入されています。月餅は甘いというイメージがあるかもしれませんが、中に塩味がきいた卵の黄身が入っており、甘すぎることはありません。私もベトナムに住んでいたころ、同僚や友人からいただいたり、自分でも購入したりして、中秋の行事を楽しみました。ベトナムの友人からは「あのメーカーの月餅がおいしい」や「今年は○○の味が出た」などの具体的な口コミをもらい、購入の参考にしましたし、実際に有名店には連日行列ができていたことを覚えています。また「子どもの節」というだけあり、子どもたちが楽しめるイベントがたくさん実施され、おもちゃも売られるようになります。代表的なものとして、五芒星の形をした紙製のランプのおもちゃ「お星さまランプ」(デン・オウン・サオ:Đền ông sao)は中秋を象徴するようなおもちゃです。中秋飾りを売っている通りでは、親や子どもたちが買い求める光景がみられ、実に微笑ましいものでした。
実は日本に住むベトナム人のコミュニティでも、中秋は大切にされている行事の一つです。本学のある埼玉県には、現在約3万人のベトナム人が居住しており、中国に次ぐ第2位を占めている(2021年現在)ことをご存じでしょうか。私が長く調査で関わっている川口市にあるカトリック川口教会では、ベトナム人のシスターや元難民の信者、若者グループが中心となり、ベトナムの祝祭イベントが企画されています。中秋のイベントでは、下の写真のように、幻想的なランタンの飾りつけが行われ、当日はベトナムのアオザイを着た子どもたちがたくさん参加します。イベントを楽しみながら、子どもの成長をコミュニティで見守ろうという温かな雰囲気に包まれます。
ちなみに教会では、ベトナムの伝統的な行事として、中秋の他にも旧暦のお正月「テト」(tết)の行事も行われています。この写真はコロナ禍の以前の写真ですが、教会の御堂に入りきらないほどの人で込み合い、道路まで人があふれるほどでした。御堂の中では獅子舞、若者たちによる舞踊、子どもたちの遊戯などが行われていましたし、外ではテトに伝統的に食べられている食べ物がいくつも売られており、活気にあふれた空間でした。日本でありながらベトナム語が飛び交い、新年をともに祝う人々の熱い雰囲気に圧倒されました。
ベトナムの家族と離れ、日本で暮らすベトナム人にとって、このような母国の文化的行事はコミュニティの結束を深める意味合いを持ちます。同胞に久しぶりに再会を果たしたり、新たな出会いの場ともなります。それにより交友関係やネットワークを強固なものになり、同時に拡大する役割も果たしています。また次世代の子どもたちにとっては、自らのルーツの文化に触れる機会でもあり、母文化の継承や同じルーツをもつ同年代の子どもと交わる貴重な機会ともなっています。このように教会は宗教的な施設でもありますが、それと同時に、移住者同士の結節点でもあります。居住地域の様々な情報を交換したり、就労や言語サポート、子育て支援等を行いながら、移住先社会へのスムーズな定住をうながしてもいるのです。
今年の中秋はもうすぐです。ぜひ日本の中のエスニック・コミュニティによるイベントに注目してみてください。