2021/11/9 - DoTTS Faculty 教員コラム
アメリカ合衆国の歴史を先住民の側から見直してみよう – その1「ハロウィーン」と「コロンブス・デー」(高橋雄一郎)
*ハロウィーン(Halloween)
10月31日、ハロウィーンの日にこの原稿を書いていました。(ついでに言うと衆議院総選挙の日でしたが、皆さんは投票にいかれたでしょうか。2016年に選挙年齢が18歳に引き下げられて大学生は全員が有権者になりました。大学のキャンパスでも選挙の話題や政治議論がもっと活発になるかと期待していたのですが、学生の皆さんが以外に静かなのでちょっとがっかりです。)Covid 19感染防止のため昨年に引き継き、仮装をして街に繰り出すことの叶わないハロウィーンでしたが、来年は賑やかになればよいですね。さて、キリスト教カトリック教会では翌日11月1日が「諸聖人の祝日」、11月2日が「死者の日(スペイン語でel Día de los Muertos)」となっています。数年前にディズニーの映画『リメンバー・ミー(原題はCoco)』が公開され、死者の魂を賑やかに迎えるメキシコの慣習(ちょっと日本の「お盆」のようです)を知った方も多いと思います。お祭りの数が増えるのは悪いことではありません。
https://www.disney.co.jp/movie/remember-me/about.html
ハロウィーンはメキシコの北、アメリカ合衆国の慣習ですが、お化けが登場するのはカトリックの「諸聖人の祝日」や「死者の日」と関係があるのでしょう。1620年、ピューリタンの「巡礼始祖(pilgrim fathers)が「メイフラワー」号に乗ってプリマスに漂着して以来、合衆国の主流文化はカトリックではなく、プロテスタントでした。WASPという言い方を聞いたことがありますか。これまで合衆国社会を動かしてきた権力者たちが白人(white)、英国系(Anglo-Saxon)、そしてプロテスタント(Protestant)だったことを意味します。WASPにさらにもう一文字、付け加えるとすれば、男性(male)のMになるでしょう。しかし、今は多様性(diversity)の尊重が求められ、男性のWASPが幅を利かせる時代は終焉を迎えつつあります。
ちなみに、合衆国大統領は初代のジョージ・ワシントンから今までに45人いますが、カトリックは1963年に暗殺されたジョン・F・ケネディが初めてで、今のジョー・バイデンが二人目になります。あとは全員がプロテスタントです。
https://www.amazon.co.jp/LIFE-john-F-Kennedy-Legacy/dp/1683309871
プロテスタントは1517年(これも10月31日)、ドイツのマルティン・ルターが、ウィテンベルク城付属教会の扉に「95か条の論題」を打ち付けたときに遡るといわれています。プロテスタントによる宗教改革は、迷信的で腐敗したカトリック教会に抗議(protest)して、聖書の純粋な信仰に戻ろうとする運動です。
ルターは教会が贖宥状(英語でindulgence、元のラテン語でindulgentia)を販売して蓄財することに猛烈な抗議をしました。日本ではかつてindulgenceに免罪符の訳語が当てられ、お金さえ差し出せば、殺人でも姦淫でも、どんな悪い罪も許される、のように思われていたことがありますが、必ずしも正確ではありません。寄進することで、罪の償いが一部軽減される、といった発想なのですが、神と人間の間に、教会が権力を振り回し、お金と引き換えに介入することは正しくありません。ルターなどプロテスタント宗教改革の運動家たちは、贖罪は信仰と神の恩寵の問題だ、と考えたのです。だから「死者の魂が戻って来る」とか「聖人様が神様にとりなしをしてくれる」といった発想は拒絶され、プロテスタント教会には「諸聖人の祝日」も「死者の日」もありません。
清教徒とも約されるピューリタン(Puritans)たちは(pure=純粋な)信仰生活を求めたためにヨーロッパで迫害を受け、自分たちだけのコミュニティーを建設しようと北米大陸に入植してきました。祈りと労働の、禁欲的な毎日を送ることを選んだのです。でも、それではあまりにも寂しい。カトリックの人たちのような祝祭日が欲しい。そこで巨大なかぼちゃをくりぬいてロウソクを灯し、キリスト教とは無関係な「お化けごっこ」を始めたのがハロウィーンの起源だ、という説が登場するのです。(一般的には古代ケルトのお祭りが19世紀後半、合衆国に移住してきたアイルランド人によって広められた、と言われています。)もっとも秋はお祭の季節で、日本も含め、世界のあちこちで作物の実りを感謝する収穫祭が祝われます。合衆国では、11月の第4木曜日に祝われる感謝祭(Thanksgiving Day)が一番大きなお祭りです。
https://www.newsweek.com/history-thanksgiving-pilgrims-1550370
https://www.huffpost.com/entry/the-thanksgiving-myth_b_2175247
*コロンブス・デー(Columbus Day)
さてもう一つ、10月12日の前後に祝われる「コロンブス・デー」というお祭りがあります。南北アメリカ大陸のほとんどの国と、イタリア、スペインで公共の祝日となっています。そう、コロンブスがアメリカ大陸、正確にいえばその東にある小さな島、現在のバハマ諸島の一つに到達した日です。1492年のことでした。私が子どものころは、コロンブスがアメリカを「発見」した、と習いましたが、最近は違います。無人の大陸をコロンブスが「発見」した訳ではないからです。人類がアジアからかつては陸続きだったベーリング海峡をアメリカ大陸(ちなみにアメリカという名前もイタリアの航海者アメリゴ・ヴェスプッチにちなんでいるので、ちょっと場違いで、「亀の島」と呼んでいた先住民族もありました)に渡ったのは1万数千年前と言われています。米大陸の先住民は顔かたちが、日本など東アジアの民族に似ています。コロンブスがやってきた15世紀末までには、先住民たちによる長い長い歴史が刻まれ、豊かな文化が育まれていました。「コロンブスのアメリカ発見」という言い方はヨーロッパ中心、白人中心の歴史観なのですね。
コロンブスは豊かな香料の産地であるインドへの航路を求めて大西洋を西へと航海しました。なので彼が到達した島々はインドの一部であり(後に本物のインドや、ジャワなどの「東インド」と区別して「西インド諸島」と呼ばれるようになります)、出会った人たちはインド人=インディアンだと考えられました。先住民族の側からすればよい迷惑なので、アメリカ大陸に暮らす人たちを「インディアン」という呼び方は、植民地主義の負の遺産だと考えられています。現在はネイティヴ・アメリカン(native American)とか、先住民族(indigenous people)、またカナダではファースト・ネーション(First Nation)という呼び名も使われています。ただ最近では当の先住民族の人たちの側が、自分たちの土地が収奪され、強制移住が繰り返された結果、最終的には遠隔の保留地(Indian Reservation)に閉じ込められ、その過程で多くの苦難に会い、虐殺されることもあった、という歴史を記憶し、その上で自分たちの存在を確認しようと、あえて「自分たちはインディアンだ」と主張することもあります。
自分たちがどのように呼ばれ、また、自分たちをどのように呼ぶか、という名前の問題は、自分たちが誰であるかを確認し、民族の文化と伝統に誇りを持とうとする、アイデンティティーの問題にかかわってくるので大切です。自由を奪われ、アフリカ大陸から奴隷として連れてこられた人たちの子孫はかつて、ニガー(nigger)という侮蔑的な名前で呼ばれたこともありましたが、20世紀後半にはアフリカ系アメリカ人(African American)という呼び方が一般化し、最近は「黒人の命は大切だ(Black Lives Matter)」の運動も展開されています。ヒップホップの歌詞によく登場するニガ(nigga)は、白人の使った蔑称を逆手に取り、ポジティヴな意味で自分たちのアイデンティティーを示す言葉にしています。「インディアン」の使われ方とも共通する部分があります。